| 11月 | 奈良・山の辺の道 |
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倭人は帯方の東南大海の中に在り、山島に依りて国邑を為す。
日本国が初めて歴史上に著された「三国志」の中の魏志倭人伝。そこに書かれた邪馬台国に思いを馳せて、「奈良・山辺の道」大和路散策の旅に同行させて頂いた。
京都駅よりバスにて崇神天皇陵墓~景行天皇陵墓~と遺跡や古墳だらけの中に民家や田畑があり、雲は低き山の中腹に流れ、否が応でも悠久の昔、万葉の詩が脳裏をかすめる。正に日本の原風景を観た感でした。そして幸運にも高城修三先生の説明を拝聴しながらの1万6000歩の旅でした。翌日も1万歩。飛鳥寺等先生も同行され楽しくも有意義な,日常をぽっかり忘れた2日間でした。
写真を一緒にブログに載せようと頑張ったのだが、操作が解らず何日も何日も滅入る一方、あきらめました。それにしても1800年余りも前の尊き文化遺産が案内札もなく只、民家の間の草ぼうぼうの土地の下に眠っているというのはどういうことか?


